25年4月 4月馬鹿

この3月までは異常なまでの温暖の変化で体調を崩されている方もおられるのではないでしょうか。私も突然の暑さでめまいがしたり、急な寒さで肩が凝ったりと少し体調を崩しております。
ようやく4月に入り各地でお花見をしている人たちがニュースで流れておりますが、今日(4/1)も朝から雪が降っております。いつまた急に天気が崩れ急な気温の変化があるのではないかと不安になってきます。ところで4月1日と言えば、最近はあまり言われることがなくなった「エイプリルフール」と言う言葉。私の若いころ(約55年前)は人前で大きな声で「嘘のニュース」を伝え、相手がびっくりすると「エイプリルフールでーす」とよく茶化したものでした。日本では「4月馬鹿」と直訳されていますが、私が大学で受講した中国史の中で1番記憶に残っている話が「馬鹿」の語源です。今日はこの話について触れてみたいと思います。KINGDOMの後の話になりますが、秦の「始皇帝」が紀元前221年に中国を統一した後、自分の母親(「呂不韋」と不義をした皇帝の妻)が余生を過ごすために「阿房宮(あぼうきゅう)」と言う埼玉アリーナくらいの大きさの宮殿をプレゼントする予定でしたが完成前に亡くなってしまいました。そして「胡亥(こがい)」が始皇帝の側近の「趙高」の権勢により第二代皇帝となりますが、この「趙高」が完成した阿房宮に家臣たちを集め、「胡亥」に馬を献上する儀式で、皆が自分の言うことを聞くかどうか試すために鹿を「馬である」と言って献じたところ、家臣たちは「趙高」の権勢を恐れて「さすがはいい馬です」と答えたが、「鹿」と答えた者は処刑されたという事から「とても愚かな事」との意味で後の故事にも馬鹿と言う言葉が記載されています。そして「あほう」と言う言葉も阿房宮の「阿房」から来ていると一部では言われております。話は変わりますが、バブルがはじけて不景気が一気に来た1990年。私は33歳で米国製薬会社から他の米国製薬会社に転職した年でした。外資系は成果主義なので馬鹿みたいにがむしゃらに働き、約20年前に脊椎のヘルニアによって半身不随になりました。「若いうちに無理をしてでも働けば後に楽になる」と言われる時代でしたが、今は「働き方改革」だの「パワハラ」だのと言われ、もうそんな時代ではありません。ましてや私のように身体を壊せば元も子もありません。再び物価が急上昇し生活が苦しくなり、仕事に就かない若者達が闇バイトに走る大変な時代です。2045年に向かい日本の人口も8000万人台になり、益々バランスが取れなくなり企業の解散も増えて来ると言われています。救いは今年の就活は「売り手市場」で有利と言われています。若者たちには自分に合った企業をしっかりした目で視て、決して馬鹿をせず無理をせず、時代を見据えてしっかりと地に足をつけ歩んで行って欲しいと思います。